北川フラム氏インタビュー

瀬戸内国際芸術祭において、総合ディレクターを務める北川フラム氏。北川氏は、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」をはじまりとして、地方の自然を舞台に美術作品を見て回るという、全く新しい芸術祭の形を作られました。今回、三越伊勢丹がプロモーションパートナーとして取り組むにあたって、改めて、地域を舞台にした芸術祭の魅力や、今回の取り組みの意義について伺いました。

北川フラム氏プロフィール

アートフロントギャラリー主宰。アートディレクター。1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京藝術大学卒業。主なプロデュースとして、「アントニオ・ガウディ展」(1978-1979)、「子どものための版画展」(1980-1982)、「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988-1990)など。地域づくりの実践として、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000-)、「水都大阪」(2009)、「にいがた水と土の芸術祭2009」「瀬戸内国際芸術祭2010、2013」など。長年の文化活動により、2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)ほか多数受賞。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクター。

北川フラム氏 photo by Junya Ikeda

五感が開かれた中で
作品を見るということ

  • まずは、少し初歩的なところから伺いたいのですが。美術館で作品を見ることと、地方の自然の中で作品を見ることでは、何が大きく違うんでしょうか。

    北川氏(以下敬称略) 地方にある作品というのは、まず、積極的に作品に向かっていくことを求めていますよね。作品にたどり着くまでのプロセスは重要で、強くそこに向かおうとすればするほど、作品から得られる感動も大きくなるわけです。 それから美術館だと、時間帯や天気が違っても、作品のある空間自体はそんなに変わらない。でも、瀬戸内国際芸術祭のような、自然を舞台にした芸術祭では、季節や時間、そのときの自分の状態といった要素が、作品を見る上でも大きく関わってきます。土の感触とか、迷って汗をかいたとか、あらゆることが全部。だから、五感が開かれた中で見られると言ってもいいかもしれないですね。美術はこれまで、視覚と知識に特化していましたけど、そうではなく。

  • 美術を五感で感じられるものにしようというのは、意識されていたことなんでしょうか?

    北川 いえ、やってみて気付いたことです。でも振り返ってみると、僕は仏像の研究をしていたのですが、その経験が大きいと思います。仏像を美術館で見るのと、その仏像が本来置かれているお寺で見るのとでは、全然感動が違うでしょう。参道があって、伽藍があって、お堂があって、厨子があって。空間全体が仏像に影響していて、仏像も空間に影響しているという感覚があります。20世紀までは、美術館のようなまっさらな空間で、作品だけを見るのがいいと考えられていましたが。今もう一度、自然な環境の中で見るほうがいいと、みんなが思いはじめているのではないでしょうか。

みんなでアートをかまいながら、
つながっていく

  • では、アートにあまりなじみがなかった開催地の方々にとっては、このような芸術祭というのはどういう経験だったのでしょうか。

    北川 やっぱりみなさん、アートというのは絵画と彫刻、工芸品ぐらいだと思っているわけです。自分の身の回りにあるものがアートの素材になるとは全く思っていないので、「アーティストが来る」と言うとびっくりする。完成したものも、それがアートだという実感はないと思います。ただ、それを見にたくさんの人が来て、喜んだり、感動したり、その地域のことを褒めたりしてくれる。それがうれしくて、多くの方が関わってくださっているんだと思いますね。

  • アーティストやお客さんとの交流を通して、地域の方々が明るくなったり、オープンになったりといった変化はありましたか?

    北川 それはありますね。決まった場所に作品を展示するだけだったら、そういう変化はなかったと思いますが、アーティストは人の土地に作品を作るでしょう。作品ができてからも、ボランティアをはじめとするいろいろな人が来て、作品の手入れをする。それを受け入れて、一緒にやっていく中で、地域の人たちの気持ちはほぐれていきますね。アートという、僕がよく言う「赤ちゃんみたいに手のかかるもの」を、みんなでかまいながらつながっていく。そのプロセスは楽しんでくださっていると思います。アーティストも、都市でやるより気が楽というか。地元のおばちゃんにお尻たたかれて、やる気になったりしているわけなので(笑)。

みんな、自分が関わる
田舎を求めている

  • 瀬戸内や越後妻有にいらっしゃるお客さんには、どんな方が多いですか?

    北川 今、お客さんの幅がすごく広がってきていて。若いおしゃれな女性たちが、かなりいらっしゃるんです。地元の人にとっては、それはとてもうれしいことなんですね。10年ほど前から考えると、信じられないことです。

  • つまり、世の中の動きに一番敏感な人たちが、芸術祭に来はじめたと。それは、なぜなんでしょうか。

    北川 「地方」、「農業」、「食」、「美術」。今、その4つへの関心が高まっているんだとよく言われます。その背景には、都市の人たちの、都市以外の場所に関わりたいという強烈な願望があるのではないでしょうか。それは、都市では五感が開かれていないから。お客さんも、最初は現代美術や、海や、島を目的にくるわけですが。帰っていくときに心に残っているのは、島の人や行事と関われたということなんですよ。みんな、自分が関わる田舎をすごく求めているなと思います。

地域の特徴は、
食に一番表れている

  • 瀬戸内国際芸術祭では、これまでも「食」をテーマにされていましたが、今回、さらにクローズアップされていますね。それには、何か理由がありますか。

    北川 その地域の特徴というのは、やっぱり食に一番表れていると思うからです。瀬戸内の食は「讃岐食」と言うんですが、島にレストランがないので、今までは全然、讃岐の食に触れる機会がなかった。それが残念で、きちんと食べてもらえるようにしようと思ったのが一つですね。地元の食材を使ったお母さんたちの料理は、その場所で食べる限りにおいて、絶対世界一なわけですから。それから、食はリピーターを生みますし、雇用が重要だと僕は思っているので。食を提供することで、地元の方が収入を得るチャンスになったらいいなとも思いました。

    あともう一つ。これは昨年の越後妻有でやった、食のイベントの例なんですが。いつ、どれだけの人が来るかわからない中で、食事の提供方法を工夫する必要があって。それで、定員を設けた会食形式にして、おもてなしを演劇仕立てにしたんです。出演は地元のお母さんたちにお願いして、初めは「絶対いやだ」と言っていたんですが、最終的には上演時間をオーバーするほど乗ってくれて(笑)。アスパラガスや雪下ニンジンのことについてなら、いくらでもしゃべれるわけです。そして、だんだんお母さんたちがきれいになっていく。必要に迫られて編み出した食の形式ですが、それがおもしろくなるような仕組みを考えることも大切だなと思いましたね。

三越伊勢丹と瀬戸内を
お客さんが行き来する

  • 今回初めての試みとして、三越伊勢丹がプロモーションパートナーとして入っています。瀬戸内国際芸術祭は、地方で進められてきた活動ですが、都市の中心とも言える百貨店とパートナーシップを組むことについては、どう考えていらっしゃるんでしょう。

    北川 まず一つは、三越伊勢丹のお客さんは、瀬戸内や越後妻有に来るお客さんと、感覚が似ているような気がしているんです。今、都市におもしろさを感じると同時に、地方に対する憧れも持っている人が、増えてきていると思います。この取り組みをきっかけに、三越伊勢丹のお客さんと、芸術祭のお客さんとがつながって、その両方を行ったりきたりする役割を担っていくかもしれないと思って、興味を持っているんですよ。

    もう一つは、今まで百貨店は、クリスマスやバレンタインデーといった歳時記単位で、キャンペーンを行ってきましたね。それはこれからも続きますが。でも、人の感覚や好みというのは、もっと長いスパンで動いていると思うんです。そこで、3年に1度の、土地や季節と結び付いた芸術祭という、大きな歳時記のようなものと百貨店が連動していくことには、とても大きな可能性を感じています。

自分で計画する旅が、
芸術祭にはある

  • では最後に、この記事を読んで瀬戸内国際芸術祭に興味を持ったという方に対して、来場する際のアドバイスをいただけますか。

    北川 今、なかなか体験できない「自分で計画する旅」というものが、この芸術祭にはあると思います。現地では、都会と同じように過ごそうとするのではなく、ときには思うようにならない不便なことも楽しんでいただきたいですね。あとは、とにかく会期の早めに来るということですね。会期の後半は、お客さんの数が圧倒的に多いですから。だまされたと思って(笑)、始まったらすぐ来てみてください。